社会学部って? | 東進ハイスクール市川駅前校|千葉県

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2017年 7月 25日 社会学部って?

 

 

こんにちは!法政大学社会学部の田ノ上です。

 

今回は自分の通う社会学部について

書いていきます!

 

今回は社会学部についてですが

以前に児島担任助手が経営学部について書いていたので

まだ見ていない人はそっちも合わせて読んでみてください!

 


 
☜ 「経営学部って?」(7/19)

 

 

 

ちなみに、

経営学部ver.の中で「豊かな立教大学」とありましたが

緑の豊かさなら法政大学多摩キャンパス、

どこにも負ける気がしません。

 

教室を出たところで撮った写真がこちら↓ ↓ ↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗くて少しわかりづらいかもしれませんが

木々の間から見える右奥の建物は同キャンパスの経済学部棟です。

逆に、引くくらい豊かですね( ^^)

 

さてさて、そんな無駄に緑豊かなキャンパスで

社会学を学んでいるわけですが、

そもそも社会学って何勉強しているの?と、

思う人も多いと思います。

 

実際、他の担任助手に聞いてみると

「歴史とかの社会科目を学んでいるの?」とか、

「よくわからない」と返ってくることが多いです。

 

 

では、どういうことを学んでいるのか。

ざっくり言うと、

「法律や慣習、文化、その時に造られたものなどを結び付けて

過去から現在まで、時代ごとに移り変わる社会の様子をみる」

というものです。

 

これでもまだ少しわかりづらいですね…

 

ひとつ例を挙げてみます。

 

例えば、

なぜ、大正~昭和期には都心と郊外を結ぶ私鉄がたくさん敷設されたのか

という疑問を持つとします。

 

普通に考えたら、経済が発展したから、というような答えになると思います。

これを社会学的に答えを出そうとすると以下のようになります。

 

 

”大正~昭和期には都心と郊外を結ぶ私鉄がたくさん敷設された”

           ↓   なぜ?

”私鉄を運営する会社が郊外に住宅地をつくっていったから”

           ↓   なぜ郊外に?

”都心=職場、郊外=住まい、という社会の変化が起きたから”

 

このときの社会の変化というのは、

江戸時代:商人などのように、「職場=店」と「住まい」が一緒になっていた

明治以降:日中は職場のある都心で働き、夜は家のある郊外に帰っていく

というように、一緒になっていた「職」と「住」が分離するというものです。

 

つまり、この時の鉄道というものは

社会の変化に伴って起きた、

地理的に離れてしまった「職」と「住」の行き来、「人の移動」を支えるためにつくられた

ということがわかります。

(間をすべて書くととんでもない量になるのでかなり省いています)

 

 

このように、「そのときにつくられたもの」と「そのときの社会の様子」を

結び付けてみるのが社会学の一つです。

 

かなり難しい話になってしまいましたが、

もちろんこれだけが社会学の全てではないです。

他にももっと聞いてみたい人は声をかけてください。

もっと詳しい話や他のことについての話ができると思います!(^^

 

 

明日のブログは丸山担任助手です!

 

 

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市川駅前校 担任助手 田ノ上慧吾